大腿骨頸部骨折の話 その③ 〜術後のリハビリで知るべきこと〜 【白波百合とリハビリテーション】

大腿骨頸部骨折

山吹薫は向かい合って勉強した結果を披露し合う白波百合と桜井玲奈を眺める。こうやって後輩が互いに勉強し合い意見を交換するのは、見ていて何だか不思議な気持ちがするとそう思う。

山吹 薫
山吹 薫

なら手術の必要性が分かった所で、いよいよ術後に我々が大腿骨頸部骨折の人工骨頭置換術後に対して、何を考える事が必要かという事だな。さて?何をしたら良いのだろうか?

桜井 玲奈
桜井 玲奈

それはもちろん早期離床と早期歩行の獲得ですわ!それが目的の手術ですし、それに廃用症候群やそれに伴う合併症は絶対に予防しなければなりませんわ。

白波 百合
白波 百合

それには同感っす!でも文献によっては直ぐに全部の体重を乗せる全荷重での立ち上がりや歩行練習が可能とあるっす!でもやっぱり骨粗鬆症や個人因子、手術の経過もあるっすから・・・やっぱり執刀医や主治医の先生に指示受けは必要っすよね!もしかしたら早々に全荷重すると、骨に負担が掛かりすぎる場合もあると思うっす!

沢尻 悠
沢尻 悠

二人とも良いねー!そうそう。オレらは主治医の指示でリハビリを行うから余計に手術後の指示受けは重要だねー!それに術後の経過の蓄積はクリニカルパスといった、その病院独自の計画表なんかもあるからそれもチェックしなきゃダメさー!もちろんその上で早期歩行を目指すのはもちろんオッケー!

なんともこの喋り方はどうにかならんのかな、と山吹は沢尻悠を目を細めたまま見つめる。まぁ勝手に成長した後輩で見えない所で努力をしているのは知っているから良いのだけれど。

山吹 薫
山吹 薫

そうだな。そうやって段階的に立ち上がりから立ったままの姿勢を保つ事、歩行器や杖を使用しての歩行練習、そして元の生活に合わせての日常生活の動作を練習していく訳だが、人工骨頭置換術に関しては忘れてはならない事があるな?さてそれは何だ?

白波 百合
白波 百合

それはもちろん脱臼肢位っすよ!手術の侵襲に伴って3ヶ月前後はとても脱臼、つまりは骨頭が関節構成体から逸脱する、まぁ外れてしまうリスクが高いっす!そうしたらとっても痛い上に動けなくなるっすから、再び先生に整復してもらう必要があるから絶対に避けなければダメっす!

桜井 玲奈
桜井 玲奈

そうですわね!。大腿筋膜張筋と縫工筋の間からアプローチする前方アプローチでは例えば足を外に向けて後ろに大きく引いた時や、高い場所へと荷物を置く時に足を外に向けて大きく仰け反る時、うつ伏せから起き上がる時に外れるリスクが高いですわ!つまりは骨頭が前方に捻られながら大きく前に進んでしまう状態が危険ですの!

白波 百合
白波 百合

後メジャーなのは後方アプローチっすね!これは大臀筋と外旋筋の所から侵襲があって、中臀筋から骨頭を操作するっすから、前方アプローチとは逆に骨頭が後ろに捻られて進んでしまう時に脱臼してしまうっす!日常生活の中では座ってから靴を履く時や高い段差に登る時、また逆に体育すわりでお風呂に入ったり、手術した方の足を上にして捻りながら願える時にもリスクがあるっす!

沢尻 悠
沢尻 悠

ふふーん!二人とも盛り上がってる~!一見和式生活に適しているように見える前方アプローチは術後の離床の際に創部にストレスが掛かりやすくて、痛みが強い事もあるからねー。臨床でよく見かけるのは後方アプローチだから、この理解は人工骨頭置換術後のリハビリの基礎の基礎だねー。

何だか言う事が無いなと、山吹は笑みを浮かべる。後輩の成長は嬉しい反面寂しくもある。普段からこう必死に勉強してくれればなぁと山吹は頬杖を付いた。でもこの白波は学術的に勉強する以上に、目の前の患者様をどうするかを考えている時こそ、本来の実力が出るのだとそれは知っている。

山吹 薫
山吹 薫

ならばどうだろう?この脱臼肢位に注意していればリハビリテーションは円滑に上手くいくのだろうかな?

白波 百合
白波 百合

そうとも限らないっす!術後の状態変化でまず侵襲部位の炎症によって血管から細胞に血液が移行するっす。サードスペースや細胞間質と呼ばれる部位にっすね。よって相対的に血圧は術後下がりやすいっすけど、2-3日後に待ち受けるのはリフィーディング期っす!逆に血管内に戻ってきた血液によって今度は血圧が上昇しやすいっす!過剰な心臓への負荷ともなるっすからこのタイミングは要注意っす!

桜井 玲奈
桜井 玲奈

あらあら?それだけですの?山吹さんのお話にもありましたように、術後のサイトカインやストレスホルモンによって血糖値が上がりやすいのですから、高血糖を中心とした血糖コントロールにも注意しなければならないのではなくって?

沢尻 悠
沢尻 悠

まぁそこらは病棟と協力しながらだねー!慢性疾患がある時には特に要注意だねー。後重要なのはやっぱり痛みのコントロールかな?当然痛いから服薬でのコントロールできる時間に合わせてリハビリの時間も調整が必要。今使っている薬は何で、半減期はいつかだなんて事もしっかり知っておくとやりやすいさー!

自分はきっと学術的な興味で勉強しているのではないかと思ってしまうほど、患者様の個人因子が絡んだ白波は目を見張る部分がある。多分同年代だった自分よりも、そして今の自分よりも優れているのだと正直悔しくもある。

山吹 薫
山吹 薫

術後の全身状態の変化、特に運動負荷に対する反応は必ず考えておく事だな。じゃぁ術後に考えるのはそれだけかな?

白波 百合
白波 百合

えぇと・・もちろん創部の観察も必要っす!場所的にも、もしかしたら排泄物で汚染されやすい場所でもあるっすから、まぁしっかりと保護はしてあるっすけど、創部の周囲が赤くなっていたりと創部の周囲に炎症所見がないかも観察するっす!

桜井 玲奈
桜井 玲奈

そうですわね・・・やっぱり元々認知症ではないかというのも必要だと思うのですの。転倒の要因でもありますし、術後に混乱するせん妄のリスクも高いですわ。それにリハビリが進んできて危険の認識ができずに再転倒するリスクもありますの。

沢尻 悠
沢尻 悠

二つとも重要だね!それに認知症の方だったら脱臼肢位の理解も難しいから、三角枕や硬いクッションで術部が落ち着くまで固定も必要かなー。もちろんそうでない人も慣れるまでウッカリはあるから使用する必要もあるねぇ。

山吹 薫
山吹 薫

まぁ大体は君たちは今話したような事だな。うん。まだ教えたい事はたくさんあるが、まぁとりあえずは良しとしようかな。今回の白波君の受け持ちの方は若いし全身状態も落ち着いている事だからな。

こうやって後輩たちは独り立ちしていくのだろうかと山吹は思う。かつての指導者はどういった気持ちで当時の僕らを見ていたのだろうか。そして未だ主任の後を追ってしまう自分を見たらなんて思うだろうか。そんな事ばかりが気になった。

沢尻 悠
沢尻 悠

所で明日からの出張はどこ行くのー?お土産待っているからねー?

山吹 薫
山吹 薫

・・・もしかしてお前それを言いに来たんじゃないのか?

桜井 玲奈
桜井 玲奈

さすがお忙しいのですね。ご自愛くださいな。

白波 百合
白波 百合

・・・って明日は自分の術後のリハビリっすよ!先輩居ないっすか!?

山吹 薫
山吹 薫

だから言っただろう。僕が教えているから大丈夫だと。

はわはわと両手をバタつかせて目を泳がせる白波を山吹は眺める。いずれ一人に成らなければならない日が来る。いつまでも誰かに頼っているから、それに慣れていないときっと彼女は僕のようになる。結局そんな気持ちにはさせたくないのだ。山吹はうへぇと奇声をあげる白波に笑みを作る。その意味は自分でも分からなかった。

白波百合のノート 97

・脱臼肢位の理解は重要!教える方も教えられる方もしっかりと骨頭の動きを考えながら理解する!日常生活の動きに合わせる事も重要!

・基礎疾患があるならば全身状態の変化を念頭に置く。もちろん認知症や転倒リスク、創部の状態や痛みの経過もしっかりと考えてリハビリを進める。

・先輩が・・・居てくれないっす・・・

【これまでのあらすじ】

『内科で働くセラピストのお話も随分と進んできました。今まで此処でどんなことを学び、どんな事を感じ、そしてどんなお話を紡いできたのか。本編を更に楽しむためにどうぞ。

【これまでの話 その①】

【これまでの話 その② 〜山吹薫の昔の話編〜】

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理学療法士。作家。つむぎ書房より『看取りのセラピスト』を出版。理学療法士としては、回復期から亜急性期を経て、ICUを中心に働き内部障害を中心に患者へと関わる。ご連絡はこちらからも→Xアカウント(旧Twitter)@tanakan56954581 他にも多くの小説ストックあります。

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